不都合な空
2020年08月17日
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夕日が泣いているのを見てしまったから
満月のきらめきを美しいなんて思わない

それは身勝手なこじつけなのか
理にかなわない読み違いなのか

ザラついた海面は思慮も思惑もなく
反射する既成事実だけをただ提示している

どこか辻褄の合わない私のかなしみを
まことしやかに映し出すかのように
生きる
2020年08月15日
当たり前のことだが
生きていると喉が渇く
腹がへって食べ物が欲しくなる

俺はなんで生きているのかなんて
そんな哲学的なことはわからないし
なぜ喉が渇いたり腹がへるのかなんて
黙想しても答えは見つからない

そんな考察は過大なだけで空疎なものでしかない

生きていればきっと良いことあるかもしれない
そう願いながら日々飲み干して食らいながら
生きていけたらそれで申し分ないのだから

明日は君の家にでも出向いて
君が大切にしている鞄やお気に入りの服なんかを
メルカリで片っ端から売り払ってやろうと思う
水と食料のための良銭をこさえてあげるよ

そしたら俺は西成の寂れたスーパーに出向いて
半額で叩き売りされてる惣菜やら何やらを
ひとつ残らず買い占めてみせる
そして口からでまかせの正義ぶった言葉吐いて
世界の食糧問題について君と語り明かすんだ

そいつは意味のあることだよ きっと
充実していて素晴らしいに決まってる
虚無
2018年04月15日
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錆びたベンチで物思いに耽っていると
浮浪者の爺さんが傍らに腰掛け
俺に大量のシケモクをくれた
ビニール袋にぎっしり詰まったそれを
俺は何も考えずに受け取っていた

桜が満開の木の下で
爺さんは俯いたまま一言も喋らない
俺は袋の塊を見つめたまま言葉が見つからない

新鮮味も生産性もないひと時の
そういう間の悪さが思いのほか痛快だった
むしろそれが俺には安逸であり心地良かった
他にするべき事もやりたい事も
何ひとつとしてなかったのだから

俺はシケモクを一本袋から取り出して
颯爽と火をつけて咥えてみた
深く息を吸い込んで
泥水のような味の煙をゆっくり
ゆっくりと味わって吐き出した

桜の薄紅に絡み合う鈍色の煙
浮かび上がる醜悪な極彩色にはどうやら
「虚無」の二文字が滲み出ているようだった
融雪
2018年04月08日
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薄く切れ目を入れた地平線に目を細める
樹々は連なり山々を鳴らし
鼓動を香らせ花が咲き乱れている
あらゆる生命は風景を彩る一欠片として
無情なるままに呼吸を繰り返している

身に纏う唯一の服である猿股を脱ぎ棄て
両手を広げて目を閉じて
清らかな陽光を深く受け止める
手を伸ばせば五指が艶やかに始動し
瞬き奏功する束縛のない肉体を体感できる

俺は存在している
この世に存在しているのだ
生命を全うする事実がここにある
大地を蹴り進むこの上ない喜びに
こころは剥き出しで小躍りし
涙を垂らし意味のない言葉を叫んでいる

ただ歩いてるだけで後ろ指をさされ
ただ酒を飲んでるだけで石を投げられる
痴愚で情けない俺がいま清らかに融雪の時を迎える
素晴らしく愉快であり疑いのなき幸福

俺は幸せ者だ
身分不相応な程と言っていい
この肉体に身切れたところなどひとつもない
不自由などひとつとしてない
潜考し鍛錬し試行する術を持っている
揺るぎない僥倖が目の前で脈動している

感謝したい 心の底から
名前も知らない我が創造主に

生きていくことには理由が必要なのだとか
意味のない人生に何の価値があるのだとか
そんな屁理屈はどうでもいい

この世に存在することが許されている
それが俺にとって筆舌尽くしがたい幸福なのだ

明日のことは明日考えればいい
好きなように自由を享受して生きていればいい
いつか死滅する日がやってくるのだから
散りゆく花弁の明日を今考えてもそんなこと
そんなことは仕方がないじゃないか