虚無
2018年04月15日
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錆びたベンチで物思いに耽っていると
浮浪者の爺さんが傍らに腰掛け
俺に大量のシケモクをくれた
ビニール袋にぎっしり詰まったそれを
俺は何も考えずに受け取っていた

桜が満開の木の下で
爺さんは俯いたまま一言も喋らない
俺は袋の塊を見つめたまま言葉が見つからない

新鮮味も生産性もないひと時の
そういう間の悪さが思いのほか痛快だった
むしろそれが俺には安逸であり心地良かった
他にするべき事もやりたい事も
何ひとつとしてなかったのだから

俺はシケモクを一本袋から取り出して
颯爽と火をつけて咥えてみた
深く息を吸い込んで
泥水のような味の煙をゆっくり
ゆっくりと味わって吐き出した

桜の薄紅に絡み合う鈍色の煙
浮かび上がる醜悪な極彩色にはどうやら
「虚無」の二文字が滲み出ているようだった
融雪
2018年04月08日
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薄く切れ目を入れた地平線に目を細める
樹々は連なり山々を鳴らし
鼓動を香らせ花が咲き乱れている
あらゆる生命は風景を彩る一欠片として
無情なるままに呼吸を繰り返している

身に纏う唯一の服である猿股を脱ぎ棄て
両手を広げて目を閉じて
清らかな陽光を深く受け止める
手を伸ばせば五指が艶やかに始動し
瞬き奏功する束縛のない肉体を体感できる

俺は存在している
この世に存在しているのだ
生命を全うする事実がここにある
大地を蹴り進むこの上ない喜びに
こころは剥き出しで小躍りし
涙を垂らし意味のない言葉を叫んでいる

ただ歩いてるだけで後ろ指をさされ
ただ酒を飲んでるだけで石を投げられる
痴愚で情けない俺がいま清らかに融雪の時を迎える
素晴らしく愉快であり疑いのなき幸福

俺は幸せ者だ
身分不相応な程と言っていい
この肉体に身切れたところなどひとつもない
不自由などひとつとしてない
潜考し鍛錬し試行する術を持っている
揺るぎない僥倖が目の前で脈動している

感謝したい 心の底から
名前も知らない我が創造主に

生きていくことには理由が必要なのだとか
意味のない人生に何の価値があるのだとか
そんな屁理屈はどうでもいい

この世に存在することが許されている
それが俺にとって筆舌尽くしがたい幸福なのだ

明日のことは明日考えればいい
好きなように自由を享受して生きていればいい
いつか死滅する日がやってくるのだから
散りゆく花弁の明日を今考えてもそんなこと
そんなことは仕方がないじゃないか
フールなエイプリル
2018年04月01日
嘘にまみれたこの日常
嘘が舞い散る街のなか
僕も私もみんな嘘つき
嘘に喜び嘘に泣き
気づけば嘘に生かされている

嘘が転がる時代の片隅で
嘘を買い漁り嘘を着飾り
ありふれた嘘を求め安堵する若者たち
嘘が無ければ満たされない
ありふれた嘘という嘘

最近の若いやつは嘘まみれとのたまう
じいさんばあさんももれなく嘘まみれ
嘘を食い荒らし嘘を飲み尽くし
湯水の如く嘘を消費し続ける毎日
振り返れば嘘 前を向いても嘘
だって仕方ない嘘なんだもの

コンビニは嘘しか売ってないし
テレビは嘘しか映していない
嘘の列車に乗って嘘の景色を眺めれば
山々は嘘が咲き乱れ
空は嘘が群れを成して羽ばたき
河川は嘘が優雅に泳いでいる

嘘という名の僥倖
嘘は優しさという虚栄
嘘まみれの君がつぶやいた
ぜんぶ嘘だったらいいのに
私にとって都合の悪い嘘だけが
ぜんぶ嘘だったらいいのに

嘘に惑わされ嘘に傷ついた
嘘つきな君に嘘をたったひとつだけ
笑ってください嘘でもいい
一分一秒でも長く嘘に笑っていてください
嘘のなかに垣間見える僅かな愛を
胸に抱いて嘘を見つめていてください

俺の言葉はぜんぶ嘘です
そんな俺の嘘を指さし笑ってください
たとえこの身が嘘で朽ち果てたとしても
嘘の墓場から蘇って君に会いに行きます
きっと君のために嘘を言いに行きます

嘘の総合デパートメントストアで
真っ赤な嘘の花束を買っていくから
嘘くさい口笛吹いて笑っていてください
嘘っぱちの現実に負けない
自分に正直な嘘を吐いていてください

きっとそれは素敵な嘘に違いないから
小さく頷ける清純な嘘に違いないから
嘔吐
2018年03月29日
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しんしんと降り注ぐ
鋭く尖った水の針

裸で踊り明かすのが好きな俺
でも今日は踊りたいと思わない
別段雨が嫌いだという訳ではない
ただ服を脱ぎ捨てた途端に
踊りたいという欲求が黒い何かに押し潰された

得体の知れない不安感がすうっと流れる
何故こんな気分になるのか見当もつかない
パンツ一丁で待機している身体に冷気が貫いて
俺は思わず口を左手で塞いだ

唐突な吐き気
黒い何かが脳みその深くからせり上がってくる
左手はじんわりと汗ばんでいる
鈍色に滲む外の景色
俺はそれを眺めて気を紛らそうとした

ジグザグに切り取られた山岳地帯
猥雑な木々から頼りない枝が延びている
空はそれを罵るかのように
鋭利な針を何百何千と注いでいる

普段から気味の悪い山々の景色が
今日は一段と不快感を醸し出している

駄目だ吐き気が止まらない
黒い何かに脳みそを四方から圧迫されている感じ
もう外を見るのはよそうと思った時だった
雨模様のなか
ひらひら漂う白い物体が視界に入った

パンツだ

パンツというよりパンティ
女性用のそれが雨風にさらされながら浮かんでいる
どこからか飛ばされて来たのだろうか

鈍色の空を優雅に舞う純白のパンティ
それを部屋から呆然と眺めているパンツ一丁の男
シュールだ
何故パンティが空を飛んでいるのか
そんなことはもうこの際どうでも良い

俺は何故かしら清々しい気分で満たされていた
脳みそが隈なく洗浄されていくような感覚
あのパンティのように己の全てが純白に染まる
それは例えようのない安堵であり
素晴らしき光景であった

無限に広がる草原で全裸になって踊り明かした
あの去りし日の愉悦にも勝る強烈な開放感に
剥き出しの心は悦びに震え上がり
嗚咽を漏らし喘きを垂れ流している

踊ろう

発情にも似た野生の衝動が全身を鼓舞させた
ある種の快美を求めるがままに
自分の腰にぴったり張り付いたパンツに指を入れ
秘めたる己の軽躁を曝け出そうとした
まさにその瞬間

忘却していた吐き気がどっと押し寄せて
黒い何かが物凄い勢いで逆流するのを感じた

途端に正気を失いかけて視界は回転
俺は辛うじて窓にうっすら映る己の瞳を見つけた
茹で蛸のようにピクピク赤面した顔面
その震えは止まない雨を賛美するかのように決壊し

俺は思わず
口から脳みそをドバドバ吐き出した
真っ黒に変色した脳みそを
ビチビチと踊り狂う脳みそを

鈍色が沁みる雨模様へ埋葬するかのように